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いわなドボン

牧場
03 /26 2018
こんばんは、むぅです。


牧場の水源は、豊かな山から来ている。

豊かなミネラルたっぷりの黒い土も一緒に流れているので、定期的に掻きわけに行かなきゃならないが

牧場の生き物たちには良いと思っている。

そして、大雨などが降ると、水源のところにイワナが迷い込み

配管から ボン!と飛び出すことがある。

(サワガニは溺れて流れてくる。それでいいのか水生生物・・・)

たいてい火を通して鶏の糧となってしまうのだが、いつか偶然に

水場に住み着かないかなあ、なんてことを考えている。


そしてこの牧場すぐに住むイワナ。なんと元をたどると天然ではないとのこと。

イワナ養殖施設から大雨の際流れ出たらしい・・・そして住み着いた、と。

渓流の王様と言われるイワナは、ジャジャむし(方言かもしれない)というなんだか不穏な響きの虫で釣れる(主人談)とか。

砂に潜むその虫は、オケラのようなハサミ虫のような、にくめない可愛らしいフォルムであった。

DSC_1157.jpg

問題のイワナ。元気すぎてどうにも砂に落ちてしまう。

海のほうに生まれたので、(浪江町には山もあるけど、、)山のものは全て珍しい。

この環境を崩さないようにするのが、間借りする立場の礼儀だと思っている。
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食べたくないくらい愛おしい

牧場
03 /21 2018
こんばんは、むぅです。

牧場をやっていると、とても言われるのは

「好きでねっか、できねえかんなぁ、よくやってる」

鶏うん百羽と、羊十数頭そのたもろもろは、好きじゃないとできないらしいが

そういう近所の皆様は、牛飼ったり

収穫した稲をハセがけでやったり

白菜や大根(※)をうん町歩作ったり・・・・・しているんだけど

すべてお仕事なのよな。

私のも、お仕事。なりわい(とするため)。

あと、休めないよねって言われるけど、

自分も休みなくご飯食べてるし生きてるので、特には。


今回のタイトルは、農村だけかもしれないが

(例えばイワナとか)最初は食べるために飼い始めたのに

エサをやっているうちに愛着がわいて、自家用とすることができない・・・・・らしい。

牛屋も牛を食べない(そんなこたあないと思っているけど、田村市あたりの焼き肉の肉は羊である)


牧場で最初に命の勉強をさせてもらったのは、烏骨鶏のオス、うこゲタンという名前のやつだった。

うこゲタンからは、たくさんのことを学んだし感じた。

最後に感じたのは、食べるということは責任を持つということ。
(※個人の感想であり、個人差があります)

命はかならず有限で、彼らと家畜として付き合うときに、何が必要か。

なるべく自然(元の生態)に近づけて、無理なく暮らしてもらえるようにすることだった。
(※これも個人の感想です)

生きているうちは、愛情を注ぐ。

愛着はもちろんわくのだけれど、生の部分にも、死の部分にも責任を持つ。

生き物を食べるということは、そういうことだと思う。

命を頂くという体験が伴わないまま、生活が発達し過ぎた。


ちなみに、首を飛ばされた鶏が爆走するところを見て

トラウマになっている方も相当数いる。 まあ、怖いよね。

ゼロ農のこと 1

これまでの経緯とか
03 /13 2018
こんばんは、むぅです。

ブログタイトルの「ゼロ農」とは何かを書こうと思う。

まず、私は農家の生まれではない。

スキル、土地、農機などなどはナシ。完全な新規。

それどころか、まさか農業的生活を送るとは、つゆほども思ってもいなかった。

なので、最初に浪江町に納品に向かったときは、なぜだか笑えた。


人生ってわからねー、と。


大きなきっかけは確かに東日本大震災なのだけれど、その回りにたくさんの小さなきっかけがくっついて

ようやく?牧場という形となった。

説明する際、いつも10個くらいある!というのだが

瞬時に出てくるのは3つくらい。 より強いものが3つなのかもしれない。

長くて理由付きなので少しずつ書こうと思う。


1、羊の文化を継承する

これは最も牧場に影響するもの。先の震災で「アニマルフォレスト」という名のもとに
川内村の牧場にて、被災した羊と山羊に特化して飼養管理と情報発信などをやっていた。いまも継続中。

最初は、そんなどころじゃなかった。
自分の健康被害への懸念、あらゆる制限、片道70キロ、往復3時間の生活。

安心安全復興!を押し出していくところに「自分は被災した羊とヤギを飼っている」という後ろめたさもあった。
責められたことは一度もないけど、なんだか復興への足かせになるんじゃないかと思ったことも。

羊のことは羊に教わった。

元の飼い主(義父)からはほぼ何も教わっていない。笑


・・・しばらくして、(超絶独学だけど)このままアニマルフォレストだけをやって、

川内の牧場にいる皆をお墓に埋めるまで面倒を見るだけでいいのか?と思うようになってきた。

アニマルフォレストは「被災した牧場のかたち」であり、牧場の再興ではない。

牧場を再興しないのか?川内の牧場の元の形は、なんだったっけ?と。


羊は、日本古来の土着の生き物ではない。
しかし福島県にはかつて飼養頭数全国一位だった地区があり、全国唯一の「羊・ヤギオンリーの市場」があり、
浜通りを除く地区では、羊を食べる文化がある。

さらに、戦後需要で移地区にも羊の市が開かれていた。東京に出荷していたとの記述。


うーーーーん、このままだと、文化途絶えちゃうんじゃない?

リビルドが容易でないのはよーーーーくわかっているのだけれど、生涯をかける価値(大げさかな)を見出したような気がした。

DSC_1759.jpg

2につづく

春を迎える牧場

牧場
03 /10 2018
こんばんは。むぅです。

明日で東日本大震災から7年経ったことになりますが、最近は記憶ダイブすることも少ないので

(あれから7年かあ、くらいで、そっとしておきたい記憶なんかも無意識にあるのかもしれません)

移の牧場のことについて。


昨年貰われてきた鴨が繁殖期に入り、どでかい(鶏屋さんにとってはね)卵を産み始めたこと。

簡単に鴨のことを調べたところ、一夫一婦制で子育ては母親のみがやるという。

なんだよー、時代にそぐわず(?)ずいぶん亭主関白じゃないの、と思っていたら


餌をメスに譲っている・・・・

いつもならバクバク食べてしまうのに。

モテたいのか・・・・・・・よい卵を産んでもらうためか・・・・・・・・

いずれにしろパンくずを譲るオスたちに対して、少しだけ印象が良くなった。


白色レグホンが、ものすごい成績の巻き返し。

春に一番敏感だと思われる。

続いて、ベテランのアローカナも巻き返し。


水仙が出始める。ちょっと遅いか。

フキノトウもつぼみが顔を出したあたりである。

移のある阿武隈高地は福島県でも桜の開花が遅い方であり、(浜→中→会津→あぶくま)

某K村では「4月になりました!桜も散ってしまい・・・・」→「まだ咲いていませんでした!!」という

お茶目ツイートをしたくらいである。

当然、春も午後二時を過ぎると、とっとと帰ってしまう。

日も長くなり作業時間が延長できるのだが、冷たい夕風がどうにもキビしい。。


・・・と、いう感じで、今年から本ちゃん(羊の出荷が始まる)のうつしの森は春になっていくのである。

ブログ始めてみました

牧場
03 /08 2018
はじめまして、そうでない方も改めまして。

福島県は田村市、移(うつし)地区という山麓で牧場をやっています。

むぅと申します。

2016年から牧場を開場し、鶏と羊、ヤギ、ポニー、ウサギなど

あまたの動物と暮らしはじめました。


農家の生まれでもなく、移地区の生まれでもなく、畜産を最初から志していたわけでもなさそうなのに、

どうして畜産をやろうと思ったの?とよく聞かれます。

それは少しずつ書いていくとして…

DSC_1771.jpg

簡単にご挨拶といたします。

どうぞよろしくお願いします。


utsushinomori

福島県田村市船引町の東端、移地区でひつじや養鶏、ふれあいキャストたち(うさぎやポニー、ヤギなど)と日々暮らしています。
福島県からこそ、より良く安全なたべものを。そして、生き物たちと共生の方法を。

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